形而上もメランコリアもティーザーで聴いたときはあんまりピンとこなくて。
これはゼッタイ、フルで聴いたら印象変わるやつだと思ってたらまさにそのとーり。
っていうか、あのティーザーちょっと下手すぎね?
もうちょっと尺、長めにとったほうがいいよね。
ティーザーを意識しすぎて滲むべきものが滲んでないよあれ。
01.形而上流星
「形而上流星」はニコ生でフル音源が解禁になってから、シングル発売までの間にもすでに何十回か聴いてたのですが、あの胸にせまる切なさはなんだろうね?ってずっと考えてて。
知っているような身に覚えのあるような、でも具体的にいつどんな時に感じたのか、っていうとわからない。
知ってるのに知らないそんな感じ。
で、昨日、会社の帰りにipod聴きながら駅のエスカレーターに乗ってる時にふと思ったんですね。
「これ、もしかしたら、わたしが死ぬときに感じる切なさなんじゃないの」って。
なんか自分自身、ソレでものすごい納得してる。
むしろこんな切なさを死ぬ瞬間に感じれたら幸せだなあって。
そしたらきっとその幸せの8割ぐらいは兄さんたちのお蔭です。
形而上=かたちのないもの
流星=手を伸ばしてもさわれないもの
そこにあって、たしかに見えているのに、ほんとうには見えない、届かないもの。ほんとうには見えないけど、見えたらきっとそれは死ぬほど美しい。人生ってそんなもの。かもしれない。
なーんてな。
ほんと、死ぬ瞬間にそう思えたら幸せ。
たぶん、思える確率高いよ。なんてったってこの世で兄さんたちに出会えたから。世界は輝いている!
02.メランコリア
ティーザーで音聴いた時からわくわくしてて、シングルでイントロ聴いて「これこれこれ!」って思った。この音数の多い感じ久々よね。このキュインキュインいってる感じも久々よね。でもってここまで打ち込みっぽいのとか、アンビエント?っぽいのは初めてだよね。
歌詞カードを見る限りではあんまぐっとくる字面じゃなかったんだけど、音に乗るとあーこうゆうのやりたかったんか、って思った。
たぶん、歌メロが際立ってるところと、逆にほかの音に馴染んじゃって、歌も含めてインストっぽく聴こえるようにワザとしてるのと、なんかそういう実験ぽい楽曲かなと思ったんだけど。
それが今井発信なのか、今井さんの曲を聴いてあっちゃんがそういう風に目論んだのか、気になるところであります。
なーんて、全くの見当ちがいだったり。
それにしてもこの曲の耳残り感はハンパない。
発売前に数十回聴いてる形而上、そして20年来旧知のVICTIMSを差し置いて、今朝は起きた瞬間「ぶらっでぃめらんこーりあー」って口ずさみましたから。
03.VICTIMS OF LOVE
イントロからどっひゃあああ!
実はラズダズツアーで聴いたこのアレンジの原型になったタンゴ調のVICTIMSはあんまり好きじゃなかったんです。が、これはよい。情景がばばばーっと脳裏に広がるというか。これはあれです。十三階は月光のステージで聴きたいです。
なーんてことをつらつら考えながら聴いてたら…
「!?!?!?!?!?!?」
慌てて歌詞カード繰った。
いや、もう、あの最後の最後の部分。
あれでこの曲完成したといっても過言ではないとおもう。
例えるならFLAMEの最後の4行ね。
ああー。あの最後の最後の部分がどうやって生まれたのか気になるうううう。
今井発信?あつし発信?
またざわざわしちゃったの!?とか。
プロデューサーさんたちがあーなんかよくわかんねーなーって顔してる横でふたりでまた「んーんーんーんー」「そう!それ!」とか目と目で通じ合っちゃったりしたの?したんでしょう?
それは置いといても、もうね、最後の最後が「殺して」なところとか、ぐはああああああ!ぐええええええ!(悶絶)な訳です。これぞ櫻井敦司。キタキタキタ!いや、なんかここまですっぱり振り切ってるあっちゃんもひさびさかも、と思って。
なんていうか、もうほんんと黒色すみれさんありがとうございます。
きっと、あのアレンジがあったからこそあれが生まれたんじゃないかなと思うんですけど違いますか?
だからタイトルが”VICTIMS OF LOVE with黒色すみれ”なのではないかと。
もうね、アルバムが楽しみすぎて禿げますよ。ほんとにね。